2015/08/30

ネオ優生学な社会

私は現在41歳。
18歳のときに両方の卵巣を手術し、子どもができにくい体になりました。
一言で言うと“辛かった出来事”です。
卵巣を温存しましたが、子どもができにくい体であることは変わりません。
できないとは言い切れないけれど、できにくい。
しかし子どもが2人います。

縁あって結婚したのが27歳。
しかし運よく、33歳、36歳で出産。
33歳で出産したときは、子宮筋腫の手術を帝王切開と同時にしました。
36歳で出産したときは、帝王切開と同時に卵巣のう腫の手術をしました。
子宮筋腫でも出産できるし、卵巣のう腫でも出産できる。
自分でも驚き。よくある話かもしれないけれど、私の周りでは聞きませんでした。
みんな言わないだけかもしれないけれど…。
色々と状態の悪い妊婦でしたので、子どもの障害も懸念されていました。
第一子を出産後、“2人目はまずない”とお医者様に言われ、「この子を大事に育てなさい」と諭され退院。
しかし、2番目の子どもが4歳差でできたので、誰も私を超不妊体質とは思わない感じかもしれません。

今は妊娠中に手軽に血液検査で胎児検査ができしかも正確。ネオ優生学な社会を痛感します。血液検査をして、薬・手術などの対応・対策があるのならいいのだけれど
『あなたの子どもには○○な問題があります。対策はありません。それでも産みますか?』と言われて平気な人なんていないと思う。
その反面、検査しなかったら後悔するかもと思って検査に踏み切るのも理解できます。

実は、私の祖母が障がい児を産みました。昨年92歳で他界しました。
子どもは小児まひでした。5歳で他界したと聞きました。
80歳を目前に、孫の私に障がい児の話をぽつぽつしだしました。
こんな話をするなんて思いもせんかった。何で話したいんやろうなぁと..言いながら..祖母は話をしてくれました。
祖母が子育て時代は戦後の動乱でとても大変な時代でした。物がない時代でした。
障がい児を産んだ祖母は大変でした。人から色々言われもしたし差別もされました。
でも、産んでよかったと祖母は言っていました。
自分の人生が豊かになったと。色々なことを学んだと。
障がい児を産むことが不幸ではないと。
障がい児を産んで不幸だと思うことが不幸だと。
とても素直な笑顔であふれ、子どもから癒されたと。
障がい児と解っても産まない方が辛い。一生気になるし負い目を背負う。
だからどんな子どもでも、自分に授かったら産んだ方がいいと。
しかし、難しい問題です…。
祖母から障がい児の話を聞いていたので、私は妊娠中に検査をしませんでした。産むと固く決めていました。母体の状態芳しくなく、胎児に催奇性もあるかもしれない。しかし私は強く産みたいと希望したので、万が一のため、設備の整った大学病院で産みました。
障がい児かも?と思って、色々と不安はありましたが、100%安全な妊娠・出産ってないかもなぁと開き直りました。
子どもは胎盤にしがみついているのに、母の意思で人為的に切り離すのって辛いなぁと。
子どもの生命力乏しく流産してしまったら、まだ諦めもつくかなぁと。
少子化の時代。
色々あるけれど、子育ては楽しいです。
節約すれば何とかなりますって。何とかしないといけないのですがねぇ。
ま、相変わらずの節約生活。
ぼつぼついきますかねぇ~

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